0806  心を愛撫するということ

 心は体よりもずっと敏感だから、体以上に優しく触れなければならない。乱暴に扱うなんて以ての外。少しでも力をこめたらすぐに痣ができたり血を流したりするんだから。
 そっと触れて、優しく撫でてほしい。そうすれば私はゆっくりと絶頂を迎えることだろう。



 0830  伸ばした手は君に届かない

 彼は闇の一番深い場所に住み、他人の侵入を一切許さなかった。私は恐る恐る中を覗き込み、入口から彼に話しかけた。真っ暗な洞穴の奥から彼の小さな声が聞こえた。私はそうやって奥にいる彼と会話をするようになった。
 やがて彼は少しずつ洞穴から這い出てきた。私が中に入ることは相変わらず許してくれなかったが、入口にいる私の近くまで出て来て話すようになっていた。それでも距離は保ったまま。彼が私にそれ以上近づくことはなかった。

 ある日、彼といつものように会話している時私は思った。
「助けて」
 彼がそう言っているように聞こえた。こんなに頼りない私が彼を救うことなんて出来るのだろうか。私は彼に向かって手を伸ばした。上半身が闇に溶け込んだような気がした。しかし彼は私の手を掴もうとはせず、そのまま身を翻して闇の中に消えてしまった。

 それ以降、彼は洞穴から出てくることはなかった。何度か足を運んだが、私の呼びかけに彼が返事をすることはもうなかった。やがて私は彼に会いに行くことをやめた。例え私が望んでも、彼が望まなければ意味がない。私は彼に必要とされなかったのだ。
 無理矢理にでも腕を掴んで外に連れ出せば彼を救うことが出来たのだろうか。いくら考えても、もう私には解らない。真実は君と一緒に闇の中に置き去りにしてしまったのだから。