0801  夏の日差し、そよぐ風

 太陽に会いにベランダに出たというのに、森が邪魔をして会わせてくれない。木々の隙間から木漏れ日が差して、一筋の光が私の顔に当たる。太陽に撫でられたその部分はじりじりと音とたてて焦げていく。けれど、どんなに強い日差しでも、私を溶かすことは出来ない。このまま溶けても構わないと思う私は目を細めて舌打ちをする。
 風が吹くと木々がわさわさと揺れる。どうせなら突風が吹いて、私の心に残っているわだかまりを全て吹き飛ばしてくれればいいのにと思う。
 


 0802  女泣かせの君

 何でこんなことくらいですぐ泣いちゃうんだろうと、我ながら自己嫌悪に陥る。君はそんなつもりで言ったんじゃないことも、私の受け止め方がおかしいことも解かってる。
 私が涙を流していることを、ディスプレイの向こうにいる君は知るはずもない。
 


 0803  他人との距離

 恋愛に於いてだけじゃなく、人付き合い全般に於いて。
 迫ってこられると引いてしまうし、後ずさりされると追いかけてしまう。駆け引きなんていう大層なものではなくて、それが私の基本性質らしい。
 だから私の人付き合いは、いつもほんの少しの隙間が出来てしまって、触れるほど近くに相手を感じることが出来ない。全て自分の所為であることは解かっているけれど、やっぱり変わることは難しい。
 


 0804  操り人形の憂鬱

 ここの所の私は本当に一体どうしちゃったんだろう。自分の意志とは全く関係ないところでまた別の意志が働く。もう私自身では制御できなくなっている。心だって体だって、命令を下すのは私であるはずなのに、まるで私の方が得体の知れないものから命令をされているみたいだ。
 誰かに操作された私は、自分を取り戻した途端に自己嫌悪に陥る。さっきまでの私は誰だったんだろうと、しばらくは呆然としている。
 


 0805  沈黙の別離

 どうしてなのか聞きたかった。
 君は笑顔で去ってしまった。去る理由を語ろうとはせずに、余りに潔く。残された私達は、一体どういうことなのかを知らされることなく突然に二人ぼっちになってしまった。
 君のいる場所はここから余りにも遠いから、君の姿を思い起こそうとしても、まるで霧のかかった視界のように輪郭はぼんやりする。それでも何とか思い出そうとして、私は君を想う。



 0806  猫の代わりに入れたもの

 箱の中には私の未来が入っている。私はその未来がどういったものになるのか全く予測できない。けれど、脳裏にちらつくのは、考えたくないほど悲しい結末だった。未来は私の希望などお構いなしにそっち側に転びそうな気がして、私は怖くなる。
 私はシュレーディンガーの理論を思い浮かべながら箱の蓋に触れた。二分の一の確率が私の未来を左右する。どうか、私の予想を反してあっち側に転がっていてほしい。



 0807  イノセントボーイ

 彼は拗ねてしまった。意図的に不満げな表情を作り、唇を尖らせてみせる。顔を縁取る曲線からはみ出した突起は、私の瞳に、実に性的に映った。もしも彼の尖った唇に予告なくキスをしたら、彼は一体どんな表情をするのだろう。そして唇を離した時に残る私の口紅を、彼は一体どんな気持ちで拭うのだろう。
 困惑する彼を想像すると、なんだかおかしくなってしまって、私の口元は緩んだ。何がおかしいんですか。彼は憮然として言う。彼に対して抱いた気持ちを伝えようにも、彼はまだまだ子供すぎる。私は真実を飲み込むために、何でもないよとだけ言って緩んでいた唇をきゅっと結んだ。



 0808  吐き出すことも、捨てることも出来ない本音。

 なんだかすっごく妬いちゃった。私はそう言って瞳を潤わせながらよく嫉妬をした振りをした。本当は大してやきもちなんて焼いていなくて、それはただ単に男から、何言ってんだよ、お前が一番だよって言ってもらうための芝居にすぎなかった。男はそのたびに、頬を膨らませて拗ねる私にしょうがないなあと呟き、諦めたような笑顔で優しく髪を撫でてくれた。
 だって、本気で嫉妬していたらそんなことは言えない。本気でする嫉妬はそんなに簡単なものじゃない。胸の中で生まれた嫉妬心は喉を通ることが出来ないほど大きく育ってしまって、私の胸の中で行き場を無くしてぐるぐる回る。
 だから、次々と生まれる醜い嫉妬心を極限まで貯めてしまったばっかりに、許容を越えてしまった私の心は、あの日大きな音と共に破裂してしまった。



 0809  明日までの我慢

 額では汗が珠を作って、いつ流れ落ちようかとタイミングを計っている。結っている髪の中は熱く、私の思考を鈍らせる。流れた汗は、室内の暑さにすぐ蒸発するけれど、新たに流れ出した汗によって体はすぐに湿る。それなら私が蒸発して、気体になってしまえばいいのに。
 空調の壊れた会社になんて行きたくないよ。こんな時、室内業務なんてやってられないと、私は冷房の効いた自分の部屋で嘆く。



 0810  結婚の理想と現実

 離婚歴が三回あるA先輩の、元旦那との修羅場を目の前で見て絶望しました。
 唯一の既婚者であるB先輩の、姑との確執問題について聞いて落胆しました。
 来秋には結婚が決まっている同僚Cさんの、彼氏の借金の多さに驚愕しました。
 残りの女性社員は全て恋人ナシの独身。「結婚に興味が無い」派と、「愛はなくてもいいからお金持ってる人と早々に結婚したい」派にスッパリ分かれます。どうかしてますウチの会社。
 女ばかりの職場って怖いなあって、今更ながら思います。だって私、二年前の今頃は、確かに結婚に夢も希望も抱いてたんだもの。



 0811  タイムトラベリング

 一ヶ月前に起こった出来事が今日のことのように感じるのに、今朝起こった出来事は十年も前のことのように感じる。まるで、現実逃避をしたくて、時間の狭間に生じた空間に逃げ込んで抜け出せなくなっているような感覚。
 ちょっと待って。戻らせて。
 私は心の中でそう叫ぶのだけれど、それでも私を錯覚させる時間の流れは、私が存在していることなど気にすることなく進んでいく。



 0812  乗せられやすい女

 あなたはウチの戦力なんだから頼んだよ。その言葉が背中に圧し掛かり、自分のペースを乱してしまってスランプから抜け出せなかった私。ある日上司に呼び出され、もうあなたにはこれっぽっちも期待してないから、なんて言われてカッチーンときたんです。それが上司の作戦だったってのは後で判った話。
 やれと言われたら出来ないくせにやるなと言われたら出来てしまう私の天邪鬼な性格を誰か分析してください。



 0813  あなたはもう居ない

 ドアを開けると、部屋に漂っていた彼女の残り香が私の鼻腔を刺激した。確かに先程まで彼女が居た気配はあるのに、彼女の姿は無い。
 私の心の支えだった彼女は、ある日忽然と消えてしまった。いつものこの場所で彼女は私を待ってくれていたのに、もう彼女に頼るどころか会うことさえ出来ない。この部屋に充満する甘い匂いが消える頃には、彼女は完全に消えてしまったのだと思えるようになっていなければならない。誰にも寄りかからずに一人で立つのは難しいのだと、彼女は無言で最後の教訓を私に与えた。



 0814  蒸発しない夏の記憶

 夏の思い出はたくさんあるのに、どうしてだろう、思い浮かぶのは、あまり思い出したくない思い出ばかりだ。それらが夏の暑さに溶けてしまえば、或いはアスファルトの表面で作られる陽炎と共に空に昇っていってしまえば、私は夏を受け入れられるのだろうか。
 私と夏の相性は、きっとあまり良くない。



 0815  両手に抱きしめた囚人

 本当はただ、大切にしたかっただけ。
 私はそれまでに少しずつ拾い集めてきた両手に抱えていたものを全て投げ出して、あなたの背中を背後からふんわりと抱きしめた。こうやっていれば、視界はあなたの背中で遮られてよそ見をすることもないし、両手はふさがっているから落ちてるものを拾うこともない。
 けれど、私の体は徐々にあなたの体に寄りかかっていって、最後には全ての重心があなたにかかった。優しく抱きしめていたはずの腕にも力が入り、あなたに身動きを取れなくしていた。あなたは言った。お前の気持ちは重すぎる、と。
 彼とさよならした日は今日のように暑い夏の日だった。あれから私は成長できたのだろうか。そんなことを自問自答しながら、私は太陽を見上げた。太陽はあの日と同じように私を見下ろしている。



 0816  自分で決めていくということ

 自分がいいと思えることなら、たとえ他人が顔をしかめたっていいじゃない。私はいつもそんなふうに自分に言い聞かせて何事も選択してきた。そうしないと、人の目が気になって仕方がない私は、きっと何一つ自分で決めることは出来ないから。
 そうやってどうにか自分をマインドコントロールして、私は毎日を過ごしている。



 0817  耳に残るあなたの声

 やましいことをしている訳ではないけれど、どこか後ろめたい。そんな関係だった。私達はお互いに口にこそ出さなかったけれど、あの時確かに惹かれ合っていたと思う。お互いの囁きを耳の奥に貯めて、一日に何度も相手を恋しがった。
 私はあなたに気付いてもらえるように、自分の部屋に手紙を残した。あなたは足跡も残さずに私の部屋に忍び込み、私が置いた手紙を盗む。それを確認した私は、今度は逆にあなたの部屋に侵入して、あなたからの返事を探す。けれど、そんなことがいつまでも続く筈もなく、あの日突然終わりを告げた。
 鍵がかけられたあなたの部屋にはもう違う人がいる。私のように出入りしているのではなく、あなたと一緒に暮らしている。私は、やっぱりあなたは遠い人だったのだと言い聞かせて、なかなか色褪せないあの日の記憶を葬ろうとしている。



 0818  天国へのラブレター

 キミが空に昇ってしまってから今日でちょうど三年が経つ。月日は流れ、あの日止まってしまったキミの時間から、私はどんどん引き離されている。
 キミの思い出を並べて微笑む日もあるし、キミが恋しくて泣く夜もあるけれど、空の上からいつも私を見守っていてくれる私の小さな恋人は確かに私の中で生きている。
 どうか、いつまでもそこから私を見下ろしていて。



 0819  いわゆるひとつの誤解デス

 私が君の話ばかりするものだから、話を聞かされ続けていた彼は半ばうんざりしていた。もしかして、そいつのこと好きなんスか? 彼は私の言葉を遮ってそう呟いた。違うよう、あいつは弟分ってゆうか、なんていうか。けれど彼は私の反論を聞き入れない。困ったなあ。



 0820  追いかけっこ

 帰り道。風の強い日は雲の流れも早い。雲の向こうには飛行機が見える。飛行機は雲の影から飛び出したり、再び隠されたりするのを繰り返している。まるで、早足で駆ける雲を、飛行機がムキになって追いかけてるみたい。雲も抜かれまいとしてスピードを上げる。
 雲に勝つには台風が遠くに逃げないと無駄だと知った飛行機は、のんびりと飛行することに決めたみたいだった。



 0821  イーブン

 君の言い分は尤もだった。けれど、私の言い分も尤もだと思う。どちらも引こうとしない恋愛ディスカッションは果てしなく続いて、とてもじゃないけど結論なんて出そうになかった。
 私は思う。問題は、私が女で君が男だからなんだろうと。男女の価値観はなかなか交わらない。それならいっそ、引き分けだと認めた方がお互いに賢いと思うのだけど。



 0823  心、帰る場所

 ノスタルジックな気持ちを少しずつ貯め続けていたのだけれど、とうとう心の中がそんな気持ちでいっぱいになってしまったので、私は田舎に帰ってきた。汚れた心を抱えて帰っても、町はいつでも私を優しく受け入れてくれる。心は洗われ、清められる。
 なのに、こちらに戻ってきても、なんだかちっともスッキリしなくて、どうしてなんだろうと私は首を傾けた。どうも一泊二日では短すぎて、きれいに浄化されなかったみたい。



 0824  後の祭り

 ああ、またやってしまった。時間は戻らないのだから、もっと慎重に行動すればいいのにと、私はいつも行動した後に思ってしまう。
 私は君に女だと思われてないんじゃないかと思ってて、それを感じるたびいつもちょっとだけ傷付いてたんです。だから、私だって女なんだってことを解からせてやりたくて、ちょっとムキになってしまったんです。ごめんなさい。



 0825  二人の恋愛フィロソフィー

 私だって少なからずそう思ったことは何度かあるから、まあ君の気持ちは解らないでもない。けれど表に見えるものは文字通り表面上のものでしかなくて、判断すべき対象は内に隠されている。とは言え、暫く恋なんてしていない私が恋愛なぞ説いたところでなんの信憑性もない。君が、それは自分も同じだと言うのなら、結局私達が並べた空虚な恋愛論はどちらとも信憑性に欠けているということ。それが結論なのだろう。
 ただ一つ確信できるのは、君は今、男としての器を試されているのだということ。



 0826  恋する足首

 純銀のワイヤーで編まれたアンクレットは予想以上に脆く、先日突然ちぎれてしまった。
 私はもともとアクセサリーはあまり着けないし、そもそもこのアンクレットだって、スリットの入ったブーツカットジーンズの隙間から天然石がちらちら光るのが気に入ったから着けていただけのこと。切れたものはしょうがないし、なくなったって別に困らない。
 と、そう思っていたはずなのに。
 飾り気の無くなった私の足首は今、ここ最近ずっと一緒に身を寄せ合っていた相棒と離れて寂しがっている。皮膚の上をさらさらと滑る鎖の感触を恋しがっている。アンクレットが切れて初めて気付いた。いつの間にか、時には鬱陶しいとさえ思っていたアンクレットが、私にとって必要不可欠なものになっていた。
 近いうちに、仕事の帰りにでも買いに行こう。とりあえず今は、寂しがる足首をなだめて過ごすしかない。



 0827  窓の外には赤い夕焼け、部屋の中には男と私。

 男はフローリングの上に座っている。壁にもたれて両足を投げ出し、窓越しの空を見ながらぼんやりしている。私はそんな男の上にまたがって、太ももの上に腰掛けて向かい合った。私は男の首に腕を回し、男は両手で私のお尻を抱える。長い睫毛の隙間から見える男の瞳には、茜色に染まった私が映っている。
 男の唇がまるで私を誘っているように濡れているものだから、私は少しだけ唇を尖らせて、男の唇の上で小さく音を鳴らした。口づけて、離して、また口づけて。半開きになっている男の唇は徐々に熱を持ち始める。私はお尻の下で起こっている変化を感じて唇を離すと、男は照れ臭そうに俯くのだった。

* * *

 意識を現実に戻そうとした瞬間、透明な輪郭を持つ男は君に変身した。きっと君が先日、抱き合ってキスするだけでもいいなんて言ったからだ。でも、私もきっとそう。多分今の私の性欲は、セックスなんてしなくても、キスをすれば満たされると思う。



 0828  傷付いて強くなる私

 何度傷付けられてもちっとも傷付くことに慣れないから、私は無意識に自分を傷付けようとする人から逃げて、傷を負うのを避けてきた。そんな、傷付けられるのが怖くて当たり障りなく生きようとしている私に、彼女は、自分を傷付けようとしないのなら私が傷付けてあげる、だから早く自分で傷を直せるようになる努力をしなさいと言った。それが数年前。
 それから。
 傷を負って、傷口から血が流れるたび、止血や消毒の仕方を身に付けた。以前に比べて応急処置が上手くなったから、傷は早い段階でかさぶたになる。すぐに傷付いて血を流していた私の心は、あの頃よりも格段に強くなっている。



 0829  背中が語る胸の内

 私は人に自分の背後に立たれるのが嫌いで、店に入ったときなどは必ず壁際に座りたがる。きっと隙を見せたくないんだと思う。
 ふと、背後からふんわりと抱きしめられる温もりを思い出して私は頬を赤らめる。背中に感じる体温は守られている実感に変化して、私を心強くさせる。私は、大好きな人には背後の警戒がこんなにも甘い。



 0830  My sweet sweetie

 耳元で囁く君の声は私の鼓膜を優しく刺激して、同時に私の女の部分も呼び起こした。やっぱり私はこの瞬間が一番、自分が女であるということを実感する。
 君の雫は私の中に沈む。そして私の胸の奥に爪痕を残したまま今日は始まる。君の体温も、唇の感触も、私にはちっとも足りてないというのに。



 0831  Do your best!

 半年後の今頃を笑って過ごすために、君は今日旅立っていく。
 思えば、こんな時期に君と出会ったのは不幸な幸運だった。君は人を楽しませるのが好きで、私は君の作り出す空間に引き込まれて行った。けれど、それがもしも君が自分の何かを犠牲にして作り出されるものならば、私は素直に楽しむことが出来ない。
 再びここに帰ってくる日を待っているから、どうか、笑顔で戻ってきて欲しい。