0601  こっちの私とあっちの私

 子供の頃、ずっと考えていたことがありました。
 鏡の向こうで笑う私は本当は鏡に映る私ではなくて、鏡の中の世界で生きる私そっくりの人間なんじゃないかって。きっと鏡の表面はただのガラスで出来ていて、その向こうにはまた別の世界が広がっているのかもしれない、と。
 水の表面もまた然り。雨の日に地面に出来た水溜りは、きっと地下に広がる別世界の入り口なんじゃないかと、幼い私は考えていました。
 そんな訳はないと知っていながらも、鏡や水溜りの水面に映る時、私はちょっとすましてもう一人の私と対面していたのです。



 0602  届け、君の元へ。

 仕事の休憩中に、君に手紙を書いたよ。急いで書いたから字が汚くなっちゃった。
 今日のうちに投函したかったから、封筒の宛名は帰りに寄ったレストランで書いたよ。
 でも、便箋をたたんで封筒に入れようとした時に、私、気付いたんだ。のりがない。
 だから、ごめんなさい。3日後に君の元に届く手紙は、ご飯粒で封がしてあります。



 0603  チアーズ!

 カクテル8杯、グラスワイン1杯、ビール1本。
 それだけのアルコールを体に流し込んだのに、ちっとも顔に出ない私。嫌なことがあって酔いつぶれたい気分でも、その前に眠くなってしまう。
 どうせだからテンション上げて、大笑いして嫌なことを吹き飛ばしてしまおう。そしてアルコールの染み込んだ体を早めにベッドに寝かせ、次の日を迎えてしまおう。
 きっと、嫌なことはアルコールが一緒に蒸発させてくれる。目が覚めればもう新しい一日が始まっている。



 0604  一秒後はもう過去

 瞬きやくしゃみをするだけでも何秒かは消費される。時間は常に流れ続けていて、誰のことも待ってくれないのだと焦る。秒針が進む音でさえ私の命が消えてしまうカウントダウンのように感じて、私は怖くなる。
 人生の終わりを告げるホイッスルが鳴って、その後にロスタイムの時間があれば、最後の最後まで自分の人生を諦めずに生き抜いてみせるのに。



 0605  自業自得

 服を脱ぐように心も裸になれたら私はもっと気楽に生きていけるんだろうけれど、私の心は世間の冷たい風当たりから身を守るためにたくさん着込んで動きを鈍くさせている。
 決断力の無さは結局また自分の首を絞めることとなる。



 0608  泣けばいいよ

 いつも笑顔を振りまいている彼女が泣いた。彼女の涙を見るのは初めてだった。涙でぐしゃぐしゃになった彼女の顔を覗きこむと、彼女は両手で顔を覆って言った。
「こんなにみっともない顔、見ないでよ」
 そんなことない。感情を抑えずにありのままの自分を見せる彼女の表情は、わざとらしく作られた笑顔なんかよりもずっと美しい思った。



 0609  したたかな女

 楽な方に楽な方に逃げたい私は、物事の選択を迫られた時、いつも出来るだけ苦労をせずに済む方を選ぶ。他人は言う。あなたは努力の人なんだから、楽な方と苦労する方の二通りの選択がある場合、必ず苦労する方を選びなさい。確かに楽して良かったことなんて無いけれど、でも、なんだかそれってとっても損してる気分。
 だから、たいした苦労もしていないのに苦労している振りをするずるい私は、精一杯生きているあなたを見ていると、余りの眩しさに目を細めてしまう。



 0610  呼吸する死体

 何の目標も持たないでただ毎日を過ごすのであれば、生きている価値も意味も無い。
 彼女はそう言った。確かに自分自身の目標を持って、それに向かって努力することは素晴らしいけれど、その目標がなかなか見つからない人間だっている。
 もしも彼女の言うことが正しいのであれば、惰性で生きている私はもう死ぬしかない。



 0611  本当はキミが一番

 帰り道に、私が帰る頃合いを見計らっていつも待ち伏せしているノラ猫がいる。昨夜みたいにたまに買い物をしないで帰る時もある。彼(あるいは彼女)は、私が食べ物を持っていないと知ると、あからさまに嫌な顔をする。
 彼はキミよりも少しだけ毛の色が明るい。首や喉を撫でてあげると、彼はごろごろと喉を鳴らしながら目を細めた。きっと今頃空の上のキミは嫉妬してるんだろうなあと思いながら、私はキミが甘えてくる時の表情を思い起こしていた。



 0612  夢の入口、現実の出口

 夢なのか現実なのか、私にも解らない。遠のいていく意識の中、これは夢なのだろうかと首を傾げながら、形のない物に色を付けることを考えた。
 試しに私はまるで塗り絵でもするように溜息を白く塗り潰してみる。すると狭い部屋は絶え間なく吐き出される溜息によってみるみるうちに真っ白になった。霧のような白い空気が頬に触れると、やっぱりこれは現実かもしれないと思った。



 0613  記憶の小部屋

 私の脳内にはきっと記憶を保存しておく小部屋がいくつもあって、カテゴリ別に並んでいるのだと思う。苦い記憶も甘い記憶も全てその部屋の中に収納されていて、私はどの部屋に入ろうかと悩みながらドアが並ぶ通路でうろうろする。
 あなたの思い出だけが積まれた小部屋に入ってみた。一緒に過ごした甘い夜を思うと、私の頬は緩んだ。



 0614  幸せになるために

 私はこれまでに何を手にしてきたのか。これから何を手にするのか。
 何かを得るたびに何かを失ってきた私は、もうこれ以上何も失いたくないから、掴んだら離さないようにしたいと思いながら手に入れたいものを探している。



 0615  謎の女

 私という女の全てを知ることは、我ながら困難だと思う。
 私の体にある性感帯の全てを把握していた男でさえも、私の心の中に散らばる本音の全てを知ることは最後まで出来なかった。
 私は一体どういう人間なのか、自分でも計りかねている。



 0616  不感症

 周りには他にもたくさんの女の子がいるというのに、彼はどうして私を誘ったのだろう。私なら断らないと思ったのだろうか。それとも、遊んでやろうと企んでいるのか。彼はとても優しいし、いつも笑顔を向けてくれるけれど、私は何か裏でもあるんじゃないかと疑ってしまう。
 年を取れば取るほど感覚は鈍くなっていくように思う。彼の好意を素直に嬉しいと感じることが出来ないくせに、それでも私は週末、彼に会いに行く。



 0617  キミへの想いはあの頃のまま

 キミを思うと、今でもこんなに切ない気持ちになる。
 瞳に溜まった涙は私が瞬きをする前にこぼれ落ちてしまった。頬に出来た涙の筋は川になり、ただ下流へ向かって流れていく。それでもキミの思い出まで流されてしまうことは無い。



 0618  それが、私のやり方

 そんなことじゃ、いつまでたっても三流だよ。
 彼女の言葉にカチンときて、私は感情を露骨に表情に出した。何を以って一流と言うのか、そんな定義があるなら教えてよ、と心の中で毒づいた。
 誰に何を言われたって、自分が持っている芯が太くて真っ直ぐであれば、きっとそれだけで充分なんだと思う。一流なんて糞喰らえっての。私はただ、私流のやり方で生きてるだけ。



 0619  好きならさっさとやっちゃいなさい

 私に向かって彼は弱々しく、本当に彼女が大切だから手が出せないんだよなあと嘆いた。聞けば彼女は別に拒んでいる訳ではなく、単純に彼の心の問題らしい。
 私はセックスをしていない恋人同士はまだ何も始まっていないと考える人間なので、もたもたしている彼に苛々した。本当に好きなら、どうして全てを知りたいと思わないんだろう。ブレーキのきく恋なら所詮その程度。彼女の心は既に決まっているというのに。



 0620  リセット日

 先週の日曜日は仕事で代休も無かったから、実に二週間ぶりの休日。ひどく疲れが溜まっていたので、心の中でお疲れ様と呟いて自分自身を労う。
 睡眠不足を解消するためお昼近くまでぐっすり眠った。そして真昼間からお風呂に入って半身浴。大好きな香りのバスオイルを楽しみながらのんびり一時間半。湯上り肌にベビーパウダーをはたいて体をリセット。そのあとはアイスミルクティーを飲みながら、ここ最近我慢してきた好きなことを思う存分楽しむ。録画しておいたバラエティ番組を見て大笑いしたり、本を読んで泣いたり、小説を書いたりして心をリセット。
 明日からまた一週間が始まるから、ゼロの自分で明日に臨むために、残り少ない今日を満喫しよう。



 0621  長い眠りから覚めた感情

 しばらくは恋人なんていらない。男はまだ出来ないのかと聞かれるたび、私はそう答え続けてきた。それは確かに本音だけれど、やっぱりそれも寂しいなと思う気持ちもある。
 昨夜君と話したおかげで、少しだけ恋する気持ちを思い出しました。



 0622  塗り絵のような心の中

 白黒だった景色に色が塗られた。ヴィヴィットな情熱やパステルな淡い感情が、それまで色のなかった私の内部でもぞもぞと動く。心は少しずつざわつき始めている。
 モノトーンの感情が『静』であるなら、カラフルな感情は『動』だと思う。今、いろんな色がちらちらと視界を横切るものだから、一人静かに考え事をしたくても集中できない。けれど、白黒だと、それはそれで物足りない。
 色のある生活、ない生活。どちらが本当に自分が求めているものなのだろうか。



 0623  決戦の金曜日

 今週の金曜日は、本当は私にとっては来てほしくない日。でも、めでたくもなんともないのに、お祝いだからといってみんなが次々と声をかけてくれる。こんなに予定の詰まった週末はあまりにも久しぶりで、なんだかわくわくしてくる。
 待ち遠しくなんてないはずの日が、なんだかとても待ち遠しい。



 0624  ずっと笑っていたかった

 あの頃の私達は毎日電話をして、その日一日にあったどうでもいいことを話して、つまらないことで笑い合った。二人が同じ時間を共有しているということが、ただ楽しかった。
 けれど、今あなたの隣にいるのは私ではなく彼女で、きらきら光る眩しい時間は現在ではなく過去なのだ。



 0625  得るもの、失うもの。

 周りの人間は毎年この日、今まで通り何も変わらないよと言ってくれるけれど、私は大切な何かが欠け落ちてしまうような気がする。
 生まれた時から持っていたそれらは一年に一つずつ失われていって、とうとう今日27個目が消えてしまった。もともとそれらは幾つ存在するのか、いつゼロになるのか、それが怖い。そんな私の恐怖などお構いなしに、それらは容赦無く私の中から次々と消えていく。
 私は、それらを失うのと引き換えに経験や知恵などが与えられるのだと思えて仕方がない。



 0626  キミの気遣い

 久しぶりにキミの最期の瞬間を夢に見た。焦点の合っていないトパーズのようなキミの瞳は、私を見ていないようで凝視している。キミはその視線でもって私に何を訴えようとしていたんだろう。目が覚めたら、枕には涙の大きな染みが出来ていた。
 あの時のキミの表情を思い出すたびに、私は自分を責めて泣きたくなる。だからきっと優しいキミは、私が自分を責めないで済むように、私の夢にはしばらく現れなかったんだね。



 0627  キスがしたい

 目を瞑って、過去に経験した熱いキスを思い出す。
 少し厚めの私の下唇を彼は自分の唇で挟んで、まるで大好物の果物でも味わうように食感を楽しんでいた。私は自分の唇が食べられてしまうんじゃないかとドキドキしていた。
 今、私の唇は誰にも食べてもらえなくなって久しい。こんなところで艶やかな果実が誰にも食べてもらえなくて悲しんでいるというのに、お腹を空かせている世間の男達は一体何をしてるんだろう。



 0628  財宝が眠る場所

 昔話や童話には、主人公の少女の涙が宝石に変わるというストーリーが幾つもある。
 私は物語の主人公でも、少女でもないけれど、泣き虫な私が今までに流した涙の数は、きっと涙を宝石に変えることができる物語の主人公よりは遥かに多い。
 もしも私に自分の涙を宝石に変える力があったなら、私の住むこの場所は、きっと宝の地図に記されただろう。