0501  心に突き刺さる千本の針

 チクチクチクチク。
 心臓を針で刺されたような胸の痛み。断続的なその痛みに心は助けを求めるのだけれど、致命傷にはならないから、なんとか私は生かされ続けている。
 いっそ鷲掴みにして、握りつぶしてくれたら、私も楽になれるというのに。



 0502  おいしそうな唇

 あなたの唇はまるでさくらんぼみたいにつやつやしていて、私はその唇を見ているだけでお腹が空いてくる。男のくせにそんなにおいしそうな唇を持っているなんて憎らしい。私はその不思議な形の果実にかぶりついて、果汁を啜って、空腹を満たしたくなる。あなたをじっくりと堪能してみたい。
 色素の薄い私の唇ではあなたの食欲をそそるに至らなくて、私一人が一方的にこんな思いを抱えているのだと思うと、やっぱりあなたがが憎らしくなる。



 0503  ずるい男

「困った時はお互い様」
 君はそう言っていつも私の手を煩わせる。本当に困っているなら私だって手を貸すけれど、どう見ても手を抜いているようにしか見えないから、私はわざわざ労力を使って助けることを億劫に思う。
 それなのに私が困っていても、君はへらへら笑っているだけで、手を貸してくれるような素振りは全く見せない。ちっともお互い様じゃないじゃない。



 0504  愛は惜しみなく与う

 たとえ万人に蔑まれようとも、あなたは自分が信じるもののために立ち向かっていった。
 たとえ歩む道の終着点が死であっても、あなたは愛する人を守るために命を投げ出すことを厭わなかった。
 自分が一番可愛い私は、人のために全てを投げ出す勇気などない。いつか私が母親になった時、私は微笑みながら自らの命を我が子に捧げることが出来るのだろうか。あなたがそうであったように。



 0505  バラの香りが漂う女

 目が覚めるとふんわりといい匂いがした。昨夜のシャンプーの匂いだ。枕に顔を埋めると、馨しいバラの香りにうっとりして、思わずもう一眠りしたくなった。
 今日は香水はつけない。もしもつけたなら、きっとバラの香りと混ざって気分が悪くなってしまうだろう。道行く人々は私とすれ違う時、この香りに気付くだろうか。そして、どう思うんだろうか。いつもと違う朝に、私は胸の高鳴りを抑えることが出来なかった。
 きっと女はほとんどがそうだ。違う自分になった時、例えば髪型を変えたり新しい服を着たりすると、いつもは割と無頓着なくせに、そんな時はやたらと自分を上質に見せようとする。
 私はいつもより少し丁寧に化粧をして、この香りに似合うような服を選び始めた。ところが、あいにくクローゼットの中には、仕立ての良いブラウスも、きれいなラインのスカートも入っていなかった。私は、履きすぎて裾がぼろぼろになったジーンズと、何枚かの色褪せたシャツのどれかを着るしかなかった。



 0506  あなたはあなた、私は私。

 自分の限りないはずの可能性に上限を設けようとしてしまう。上限を決めなければ、自分がいくら努力してもそれに届かない場合に傷付いてしまうから、予防線を張りたいのだと思う。
 見透かさないでください。あなたの価値観はあなたのもの。私の価値観は私のもの。それでいいでしょう。



 0507  近くにいても遠い人

 瞳に涙をためた彼女はぞっとするほど美しくて、彼女の理不尽と思える要求も、自己中心的な考え方も、全て正当なもののような気がした。彼女の目には、首を縦に振らざるを得ない力強さが宿っていた。少なくとも、誰も彼女を責めるなどという勇気はなかった。
 そんな彼女は、私達にとって脅威の存在であり、また憐れみの対象でもある。



 0508  When I think of the memory, I just melt.

 あなたは常に私の記憶の中で生き続けていて、熟成されたそれらはいい匂いを漂わせながら発酵していく。辛く悲しい思い出は、流れていく時間の中で、必ずしも辛いままではないことを私に悟らせる。だって、今となってはこんなにも優しい気持ちになるんだもの。
 甘くとろける記憶になるには時間が必要。辛いことが起こっても、そう考えることで、私は未来に希望を持とうとする。



 0509  ぐるぐると渦巻く感情

 アイスティーにガムシロップとミルクを入れた。褐色の液体の中で、ガムシロップは重そうに沈んでいき、ミルクは少しずつ溶けて広がっていく。
 ストローで掻き混ぜる前にふと手を止めて思った。マーブル模様のこの液体は、まるでいろんな気持ちが混在している今の私の心の中みたいだ。



 0510  週に一度の解放日

 何も予定を入れずに自堕落に休日を過ごすのが、私にとって最高の贅沢。目覚し時計など使わずに眠って、好きな時間に目覚める。そして思いついた時に出掛けたり、読みたい本を読んだりする。
 だから日曜日の夜は嫌い。明日から現実が始まるという事実から目を背けたくなる。それでも忍び寄る月曜日の憂鬱は、無視し続ける私を追いかけてくる。



 0511  シャワーで始まる一日

 朝のシャワーで一日が始まる。体に張り付いた水滴が、肌の上で移動して、いくつもの小さな珠から大きな珠になる。うっすらと掻いた汗も、湯上りの温まった体の表面で蒸発する。
 清々しい朝の目覚めと心地良い湯の温度が、今日も私の戦闘体勢を作ってくれる。
 行ってきます。



 0512  悲しい罰

 嫌な夢を見た。一つの愛の形が壊れる夢だった。
 私はもう26歳だし、父と母のどちらに引き取られるという必要もなかったから、夢の中の私は今まで通り一人で暮らして行くことを決めた。現実に妹は既に家庭があるからか、夢には登場しなかった。私は父を憎んだ。相手の若い女も憎んだ。そして、母のために何もしてあげられない自分を一番憎んだ。
 目が覚めると、一瞬なにがなんだかよく解からなくて、目には涙がいっぱいたまっていた。夢だと気付いても自分の知っている事実に確信が持てなくて、思わず実家に電話しようと思った。きっと父は驚くだろう。母は笑うかもしれない。
 今度実家に帰ろう。そしたら、妻を愛していると娘の前で堂々と宣言する父と、その言葉を聞いて少し困った顔をして空返事をする母のいつもの光景を見ることが出来るだろう。
 この夢は、ゴールデンウィークに帰省をしなかった親不幸な娘に対する罰なのかもしれない。



 0513  もう一度夢を見よう

 私の体温で温まったベッドは生ぬるくて、私は腕を枕の下に通した。その場所はひんやりしていて、私は心地良くなり寝返りを打つ。キャミソールの紐が肩から外れて胸がはだける。けれど、私以外に誰もいないから、私は紐を直すことなく再び夢の世界へと旅立った。



 0514  五月雨

 ここ最近の空はとても泣き虫で、空の涙に濡れた私も思わず泣きそうになる。
 断続的に訪れる、悲しいからでも嬉しいからでもないこの微妙な感覚を、上手く説明することはとても出来そうもないけれど。



 0515  一度知ってしまったら最後

 男の人は、たとえどんなに気持ちのいいセックスをしても、女の絶頂のような快感は一生味わえないのだと思うと、なんだかとても可哀想になった。
 けれど、女のくせにその快感をしばらく味わっていない自分のことを思うと、男の人よりももっと可哀想だと思った。



 0516  おいしい人差し指

 行儀の悪い私は、ヨーグルトの中に入っている大粒の果実を最後の楽しみに取っておいて、先にヨーグルトだけを食べる。そして容器に残ったミカンやパイン、黄桃や巨峰を指でつまんで一つずつ口に運ぶ。ヨーグルトと果汁で指をぐしゃぐしゃにしながら、私は満面の笑みを浮かべる。
 容器が空になると、私は果汁にまみれた細長い果実を頬張って、終わってしまう楽しみをじっくりと味わう。最後の最後までジューシーな果実。ご馳走様でした。



 0517  無自覚の盗作

 自分が書いた日記や小説に出てくる文章にとてもよく似ている文章を見つけた時、私の視界は暗闇になる。それは私が書くずっと以前に存在していた言葉たちで、本屋で目に止まった書物の表紙に、ウェブ上に混在するサイトの過去ログに、部屋の本棚に納められている文庫本の一ページに散らばっている。それらを目にすると、内容こそはっきり覚えていないが確かに以前読んだことがある文章で、知らず知らずのうちに自分の言葉としていた自分に私は愕然とする。
 盗作したつもりはない。けれどその文章たちは、いつの間にか私の潜在意識の奥の奥まで入り込んで、私に影響を与えていたのだと考えるしかない。
 私が今まで書いてきた文章は、もしかしたら誰かのオマージュなのかもしれない。昨日書いた文章も、一昨日書いた文章も、もしかしたら誰かが既に書いた文章を私が自覚なく盗み、自分の文章として公開しているだけなのかもしれない。この文章だって、そうかもしれない。



 0518  古い傷の調べ

 白い肌に残る浅黒い傷跡に、まるでピアノの鍵盤に触れるように指を滑らせる。
 大丈夫。この黒鍵は既に痛みを失っている。再び痛み出すことは、もうないだろう。



 0519  意志は常識を上回る

 誰に咎められても、一般的常識に反していたとしても、自分に揺るぎない意志があればそれが全てになる。何が正しいのかなんて、自分自身の判断だ。周囲の人間が決めた基準とは少し違うだけ。
 一般的な常識が必ずしも正しい訳ではないと、その枠からはみ出した彼は無言で私に訴えた。周りの目を気にしてしまうこの私も、そんな彼の意志を少しだけ理解した。



 0520  体温のない背中

 そっと手を差し伸べて、私の背後から腕を回して、冷たくなった私の体を抱きしめて欲しい。
 恋人なんていらないなんて突っ張ってる私を、強がるなよ、なんて気の利いた言葉を掛けて、優しく抱きしめてくれる人がいたならば、私は背中に感じる温もりを素直に嬉しいと感じることが出来るのに。



 0521  雨音が騒音になる朝

 ここ最近のしとしとと降り続く雨は、私の心を静かにさせる。雨音をBGMにしていろんなことに思いを馳せていると、しんとした気持ちになれるのだ。
 けれど、今朝のような、雨粒がアスファルトに叩きつけられるような豪雨は、私の心を掻き乱す。憂鬱になるだけで、ちっとも心が落ち着かない。こんなにうるさいんじゃ、BGMになり得ないんだもの。



 0522  君は確かに生きていた

 伸びた前髪の先っぽに引っ掛かった、今にも落ちそうな雫が、湯気で曇った鏡の中で揺れている。まるで、落ちてしまうのが嫌で、一生懸命ぶら下がっているみたい。ドライヤーで乾かしてしまえばすぐに消え去る水滴に、あらゆるものの儚さを見たような気がした。
 タオルで髪を包もうとした瞬間、雫はそれまで必死に掴んでいた前髪を自ら手放し、私の鼻の頭に落ちてきた。私に消される前に自分から消えることを選んだ雫は、小さなしぶきを上げて散り、ほんの少しの痛みを私に与えた。もしかしたらそれは、私が持った無責任な憐れみに対する仕返しなのかもしれない。



 0523  警告

 汗ばんだ肌はシーツの摩擦に引っかかり、私の寝返りを邪魔する。窓際に置かれたベッドは遮光カーテンの隙間から射し込む陽射しで暖められていき、光の筋はどんどん高くなる太陽の位置を私に知らせる。窓の外から聞こえる鳥のさえずりは私の起床を促している。
 せっかくの休日。それなのに、昼まで眠っていたい私の意向を無視して、私を取り巻く全てはまるで口裏を合わせたように急かす。時間があるうちに、やるべきことを片付けておきなさい、と。



 0525  あなたの中に閉じ込めて

 縄の痕が残るくらいきつく手首を縛られて、足枷をはめられてもいい。檻の中に閉じ込められて、どこにも逃げられないように監視されても構わない。
 恋人の束縛をあれほど嫌っていた私は今、こんなに束縛されたがっている。自由でいることがこんなにも不自由であることに、あの頃の私は気付かなかった。



 0526  走り続けるマイライフ

 みんな同じスタートラインに立って、用意ドンで一斉に走り始めているというのに、どうして走っていく過程でとんでもなく差が開くのだろう。私、スタートダッシュが悪かったのかなあ。それとも油断して休憩なんて取ったっけ。もしかして、他のみんなよりもペースが遅いだけ?
 そんなことをぐずぐず考えながら走っているものだから、私はまた、すぐ後ろを走るライバルに抜かされてしまいそう。



 0527  人に見せる私、実の私。

 20代の前半の頃は、失敗しても笑って許されてたことも、20代も後半に差し掛かるとそうもいかなくなる。叱られることは増えていく一方で誉められることが減っていく一方だから、私は与えられた仕事をこなした時、人に気付かれないように頑張った自分を褒めてあげる。
 こなして当たり前と言われてばかりじゃ私の努力も報われない。そのくらい、いいじゃない。



 0529  はさみうち

 強い向かい風が吹いている。背後から背中を押される。
 前から後ろから加えられる力で押しつぶされそうになっていく。自分の意思で進むことも、退くことも許してもらえない私は、これから先どうすればいいんだろう。



 0530  私の命の値段

 加入している生命保険会社から保険料の請求が来ていた。いつ、どの口座から引き落とされるという内容の葉書だった。
 私は基本の入院保証の他に死亡保障もつけている。もしも私が死ねば、保険会社から父親に200万円が支払われることになっている。命はお金では買えないけれど、死ねば私の命は200万円に変わるのだ。
 お父さん、20歳になるまでさんざんお金をかけさせた私は、たったの200万円です。



 0531  満ちていた潮が引く

 我慢が足りない私にしては、結構我慢してる方だと思う。今までの私なら早い段階で見切りをつけて、さっさと別の道を探していただろう。私をこの場所に留めるものは一体なんなのか、私にも解からない。
 ただ一つ解かっていることは、そろそろ潮時なのかもしれないということだけ。