0401  育たない恋心

 惚れっぽい私は、常に誰かに一瞬だけ恋をしている。その気持ちが持続すれば恋する女になれるのに、いずれ駄目になってしまうことを考えブレーキをかけてしまう自分がいるから、いつまでたっても恋することを始められないままでいる。



 0402  嫌な女

 私は自分の頭の回転の速さに驚く。頭にきて、相手を逆撫でさせる言葉を一瞬で選び取った時。そして私は自分の行動力に拍手する。腹立だしさに任せて、頭の中で選り抜いた痛恨の一言を容赦無く相手に吐き捨てる時。
 頭の回転も、行動力も、もっと別の方法で発揮出来ればいいのだけれど、そんな時にばかり能力を発揮してしまう私は、どうしようもなく嫌な女なのです。



 0403  プラマイゼロ

 人に忠告されると、それが自分のためになるアドバイスであったとしても、素直じゃない私は口出ししてほしくなくて悪態をつく。けれどやっぱり自分の何かがおかしくて、試しにそのアドバイスを実行してみたら上手く事が運んだという時の、お礼を忘れない素直さはある。
 ねえ、それでチャラってことにしてもらえませんか?



 0404  降り注ぐ桃色の雨

 通勤途中にある学校のグラウンドのフェンス沿いに並んでいる桜の木。真下の歩道には、力尽きたのか、或いは昨日からの強い風によってか、桜の花びらが桃色の絨毯を作っていた。
 風が吹くと枝はわさわさと揺れて、残り少ない花びらを容赦なく振るい落とす。風は更に強くなり、地面に広がる花の残骸を舞い上がらせる。枝から離された花びらと地面の残骸が一緒になって、私に向かって降ってくる。
 雨はしばらくやみそうにない。



 0406  追跡者

 私の耳たぶを熱い吐息でくすぐるのが愛している男なら良かったのだけれど、耳に息を吹きかけてきたのは真っ黒な服に身を包んだ悪魔だった。寒気で体が硬直する。
 悪魔の正体を知りたくなくて、私は顔を背け、逃げ出した。悪魔は鋭い鎌を抱えて私を追いかけてくる。背後から聞こえてくる足音から逃れられない。
 もしも捕らえられたなら、私はもう二度と笑うことは出来ない。



 0407  天国と地獄

 壊れていく心と立ち直っていく心。
 まるで破壊班と修復班が、お互いにどっちの仕事が早いか競い合っているみたい。今のところ修復班の方が優勢だから、今はまだなんとか自分を保てているけれど、闇が心を飲み込むのは一瞬だから、とにかく修復班のすぐ側で、私は応援旗を振り続けている。



 0408  青年よ、もっと狼になれ。

 私は口をあんぐり開けたまま、一瞬の、けれどとても長く感じる時間の中で君を見つめた。君がそんなことを言うなんて考えたことなかったから、私は思わず、「どうかしたの?」なんて気の利かない返事をしてしまった。君は頬を赤らめて、自分が言ってしまった誘いの言葉を撤回しようとしたけれど、私はそんな君の意外な一面に少し惹かれた。
 でもさ、もったいないよ。せっかく君はガラにもないことを勇気を出して言ったのに、そんなにすぐに引っ込めてしまうなんて。もしも君がもう少し強引で、もっと熱い眼差しを向けてくれたなら、私は君を素直に受け入れたというのに。



 0409  凍りついた月夜

 カーテンを開けると窓の外には鬱蒼とした森が広がっているから、私は角度を変え、自分で動いて見える位置を探して、木々の隙間から月を眺めるしかなかった。月光は木葉に遮られ、眠りに就く直前の真っ暗なこの部屋の中までは届かない。
 こんな狭い部屋の窓際さえ照らせないなんて。そんなんじゃ、ないのと同じ。あんたは誰のことも照らしてあげられない、単なる能無しだ。
 全ての責任を森ではなく月自身になすりつけた私が心の中でそう呟くと、ショックを受けた月は小さくパリンと音を発して割れた。



 0410  彼女の理由

「どんなに愛している男でも、遠くに行ってしまえば、彼が生きていても死んでいるのと同じ。彼が私の隣で生きてはじめて、彼のことを愛することができる」
 彼女のその言葉に私は首を傾けた。私は遠距離恋愛の経験は何度もあるし、それにいくら別れた男でも、彼が今でも元気にしてたらいいなあと思う。彼女には、そんなのはきれいごとだと馬鹿にされそうだけれど、私はそのきれいごとを食べて育ってきたから仕方がない。



 0411  夕暮れのティータイム

 真っ直ぐ帰らずに街をフラフラしていたら、ばったり妹と会った。土曜日の夕方。お互いに仕事の帰り道。完全週休二日制なんて私達姉妹には無縁なのだと、この偶然を少し悲しく思った。
 妹と一緒に入ったカフェで、見栄っ張りな私は、ショーケースの向こうに並んでいる色とりどりのケーキに目を輝かせている妹に、「好きなものなんでも頼みなよ」と言った。とりあえず、姉の威厳は保てただろう。
 苺のミルフィーユとタルトフロマージュ、そしてアイスカフェカプチーノで大満足した妹は、追加で頼んだテイクアウトのシュークリームを大事そうに小脇に抱えて微笑んでいた。自分のだけではなく、お腹を空かせて留守番をしている旦那と子供の分までしっかり注文した妹は、もう立派な主婦だった。



 0412  今日の負け組みは、明日の勝ち組。

 涙は私の心の中を潤した。私は確かに泣き虫だけれど、本当はいつも笑っていたいと思うから、今日流した悲しい涙を明日の嬉し涙に変えようとする。
 その気持ちを忘れないようにしていたら、きっと人はどこまでも歩いて行けるのだと思う。



 0413  絡み合う視線

 そんなに冷めた目で私を見つめないでよ。私の情熱も、その視線で凍りついてしまいそう。
 私は更に情熱的になった。あなたの冷ややかな視線は私の熱で次第に溶け始める。生温い視線が私に絡み付く。そうやって見守っていて。



 0414  雨の23時55分

 空を見上げると、生温かい温度を持つ銀の矢が私めがけて降っているようで、傘を持たない私は、そのまま無数の矢に容赦なく貫かれた。
 日付が変わろうとしていた。小雨になり、私の頬を叩く雨の力も弱まった。



 0415  OL戦乱記

 私は死んだわけじゃなくて、死んだふりをしていただけです。死んだふりをしながら、虎視眈々と反撃の機会を待っているのです。
 諦めてなんていない。私は、最後の最後まで、自分の可能性を信じているんだもの。



 0416  善の心、悪の心。

 私の背中に生え始めた小さな翼は、灰色をした無数の羽根に覆われている。それがこれから白くなるのか、それとも黒く変わるのか、今はまだ判らない。
 私は白い翼を持つために、心がだんだん悪魔になっていく自分を制して、無理矢理に天使の笑顔を作る。天使を装っていれば、いずれきっと本物の天使になれるのだと思う。



 0417  届かない願い

 誰からも手を差し伸べてもらえない。
 私が手を伸ばしても、誰もが手を引っ込めて、私の手は虚しく空を舞う。
 誰か、私の手を握って。そして冷たくなった私の指先に体温を与えてください。



 0418  愛す俺

 よりによってこんなに暑い日に黒い服を着て出掛けてしまった自分を恨んだ。
 我慢出来ずに飛び込んだ喫茶店。私はメニューも開かずアイスミルクティーを注文した。煙草に火を点けて正面を向くと、ガラの悪そうな大男が、自分の煙草の煙に目を細めながら連れの女の子を罵倒している。コンサバ系のファッションの可愛らしい女の子は怯むことなく男に言い返している。彼らは店員を呼んで注文をした。アイスコーヒーとアイスオレ、そしてベイクドチーズケーキ。目の前の女の子が可愛らしくアイスオレを啜り、ベイクドチーズケーキを頬張る姿を想像して、私は少し嫉妬した。
 私は運ばれてきたアイスミルクティーを飲みながら、先ほど本屋で購入したお気に入りの女流作家の文庫本を開いて、本越しにその男女を盗み見ていた。聞こえてくる会話からして二人は明らかに恋人同士なのに、二人の言い合いは止まらない。ところが、彼らの元に店員がやってきて、ベイクドチーズケーキのお客様、と言った途端、男はバツの悪そうな笑顔で、少し肩をすくめて返事をした。続いてアイスコーヒーは女の子の目の前に、アイスオレは男の目の前に並べられた。
「お前どうせブラックだろ。ミルクとガムシロップくれよ」
「あんたが甘党なんて、マジで似合わないっつーの」
 女の子は自分のミルクとガムシロップを手にとって、面倒くさそうに男のアイスオレに注いでいる。男も続く。その二人の共同作業がやけに可愛らしく見え、私は微笑ましい気持ちになった。
 あんなに口の悪い二人でも、本当は二人分のミルクとガムシロップが溶け合ったアイスオレのように、甘い恋愛をしているのかもしれない。どんな愛の形があるかなんて、きっと本人同士にしか解からないのだ。



 0419  彼女の正体

 楚々としていて、まるで着物の裾を少し持ち上げてしとしとと歩くような彼女のイメージは、深く関わっていくうちに音を立てて崩れていった。自分は上品であると自ら主張する図々しい人間はもうその時点で上品ではないし、彼女の毒舌は酷いもので、私は彼女の口から吐き出される毒で何度もダメージを受けてきた。
 けれど、近づきがたいお嬢様よりも、勘違いした毒吐き女の方が付き合っていて楽しいから、私は困った顔をしながらこんな不幸を楽しんでいる。



 0420  バニラアイスがこぼした涙

 あの人は、まるで炭酸の効きすぎたソーダ水のような男だった。そして私はその上に浮かぶバニラアイスのようだった。
 甘いソーダ水の表面で心地良さそうに揺れている私の背中は、底から昇ってくる炭酸の気泡が衝突する刺激で常に痛めつけられていた。一見美味しそうなクリームソーダ。けれどバニラアイスは背中の痛みを我慢して、人々に美味しそうだと思われるために笑っている。

 私とあの人は、傍から見れば仲睦まじく見えたかもしれない。けれど人目に触れないところで、私はあの人に何度も傷付けられた。それでも私は円満を装って、周囲には不平不満をもらさなかった。私は周りから仲の良い恋人同士に見られたかったのだ。

 次はミックスジュースのような恋愛がしたいと思う。ミキサーにかけられたバナナとピーチは、お互いに相手がいなくては成り立たないことを知っている。そうやって相手の存在に感謝し合う関係を保っていけたら、私はもう涙を流さなくてすむのかもしれない。



 0421  所詮、他人事。

 私が助けを求めて手を伸ばすと、彼女は私を見下ろしたまま手を振り払った。私が今までに幾度となく彼女を助けてきた過去は、彼女には全く関係ないみたいだった。深まった溝は簡単に埋めることは出来ない。もう彼女とは、以前のように笑い合うことはないかもしれない。
 たとえ誰にも助けてもらえなくても、一人で歩いて行ける強さが欲しいと切に思う。



 0422  空回りする情熱

 この悔しさをバネにして、今度こそは。挫けそうになるたびに私は心の中でそう呟いて、底まで下がってしまったテンションとモチベーションを上げようとする。
 けれど、失敗するごとに生まれるバネは、私の極限を超えた情熱や狂気な意気込みの重みに耐えられず、全て伸びきって駄目になってしまう。悪循環。私だって本当はもっと気持ちを楽に持ちたいけれど、そうはいかない。ゆったり構えていると、背後で待機している人達に背中を押され、お尻を叩かれて、もっと急げと追い立てられる。
 私は今日も、伸びて使えなくなってしまったたくさんのバネに埋もれて、がらくたの隙間からなんとか空気を取り入れて呼吸をしている。



 0423  兆し

 今はとにかく、光の射す方に向かって歩いて行くしかないと思います。だって、きっとそれしか今の私には出来ないんですもの。
 いつもこうやって自分を奮い立たせるためにこの場所に書き留めるのは、きっと私の弱さです。ぐずぐずしている私だけど、どうか、どうか。



 0424  夜明け前センチメンタル

 朝帰りなんてあまりにも久しぶりで、私は深夜に家をこっそり抜け出して友人と遊びに行っていた高校生の頃のことを思い出した。
 母はともかく、父に見つかったら大変だから、万が一私の部屋を覗いた時のことを想定して、枕2〜3個をベッドに忍ばせてカモフラージュしていた。一度だけ、ドジを踏んだことがある。家に戻るのが遅くなり、玄関の門扉を開けた瞬間、新聞を取りに外に出た母に出くわした。その時の、父さんには黙っててあげるから気をつけなさいよ、という母の言葉に、当時どれだけ感謝したことか。

 空はあの頃と変わらない薄紫色だった。鳥のさえずりもちゃんと聞こえた。違うのは、誰もいない家に帰って、枕の詰まっていないベッドに身を横たえることだった。



 0425  抱かれない女の結末

 男達は自分の快楽よりも、私を気持ちよくさせることに心を砕いていたから、私は主導権を握れなくてやきもきしていた。私は自分の快楽よりも男が感じているのを見る方が興奮するから、マゾっぽい男が好きだった。
 けれどそれは、余裕がなければ言えないこと。そしてそんな余裕はもうとっくに失くしてしまっている。
 セックスのやり方なんて、もう忘れました。



 0426  ただ一つ、信じられるもの。

 繋いだ手の、触れている指先から伝わる体温だけが、あなたと私の存在を確認できる唯一のものだった。他には何も必要なかった。
 それだけでは何も残らないと、今は冷静に考えることが出来る。けれどあの頃は、それだけで充分だった。



 0427  感情のまま生きるだけ

 そんなに呆れないで。
 怒りっぽいのも、泣き虫なのも、笑い上戸なのも、どれも全部本当の私。どうか、そんな私を受け入れてください。



 0428  指先に星空

 彼女の漆黒のネイルカラーを見て、誰もがみんな魔女みたいで気味が悪いとせせら笑った。けれど夜空の爪にはラインストーンの星屑が散りばめられていて、私はそれを美しいと思った。
 真昼間に星空を見る機会なんて滅多にないのに、どうしてみんなはそんなことに気付かないのだろうと、ほんの少し悲しくなった。



 0430  真夜中の自由時間

 眠る時間さえもったいなくて、私は自分で決めた就寝時間なんて無視して作業を続ける。けれど、仕事で疲れている体は正直で、休みたいというサインを発信してくる。それを無視し続けられなくなると、瞼は勝手に閉じてきて、私を慌てさせる。
 もしも体から魂だけ取り出すことが出来るのなら、疲労が極限に達した体は休ませておく。そして5時間の自由を得た体のない私は、一晩中やらなければいけないことをこなすことが出来るのに。