0302  外の世界はこんなにも明るくて眩しい

 誰もがみんな持っている、真っ暗闇のトンネル。落ち込んで、其処からなかなか抜け出せなくてみんなもがいている。
 私が迷いこんでいたトンネルは長くて暗くて、出口も全く解からなかったのだけれど、彼女は出口から暖かな光でもって進むべき道を示してくれた。一筋の光を頼りに、とにかく光の射し込む方へ向かってひたすらに進んだ。こんな闇の中でいつまでもグズグズしていたくない。私はその気持ちを出口へ向かわせる力に変えた。その結果、私は暗闇から抜け出すことができた。
 トンネルを抜けたあと後ろを振り返ると、もう其処にはトンネルなどなかった。



 0303  ミストレス

 私の足元にひざまずいたって私は君の粗相を許さないし、尻尾を振って寄って来たって笑顔を向けるつもりはない。それは君に対する最上級の愛情表現であることを、君はきっと知らない。
 飴と鞭のバランスを、私は大事にしているだけ。ご褒美はもう少し先。



 0304  彼らの事情

 吐息で会話出来る程の距離にいるのに、二人の世界は見えない境界線によって分断されている。お互いが望んで設けた境界線。それは暗黙のうちに取り決めたルールで、どちらもそれを侵そうとはしなかった。
 二人はいつまでたっても溶け合おうとはしないのに、それでも尚、寄り添い合っている。



 0305  一誹り二笑い三惚れ四風邪

 二回目のくしゃみが出た時はもう一回したいと思うのに、三回目のくしゃみが出たら四回目のくしゃみをしたくない。なのに私は止められなくて、くしゃみを連発した。
 細心の注意を払っていたというのに、もしかしたら、また風邪かもしれません。



 0306  sweet dreams

 気だるくて心地良い脱力具合のあなたの声は私の眠りを誘うのにぴったりで、私はベッドに潜ったらすぐにそれを再生する。全てを聴き終わる前にあなたは夢の世界に連れて行ってくれるから、私はあなたに子守唄を歌ってもらっている気分になる。
 毎晩私を寝かしつけてくれて、どうもありがとう。



 0307  私の沈黙、彼女の立場。

 言い訳は喉の奥から次々と溢れてきて、私の舌の上で踊っていた。唇を開いたらそれらが飛び出して止まらなくなりそうだから、私は口を開けるのを我慢していた。ただ唇をぎゅっと噛んで、彼女の叱咤を一方的に浴びた。その時の私は、きっと恨みのこもった眼差しで彼女のことを見つめていただろう。
 口中を一杯にした言い訳を、私はなんとか飲み込んだ。言い訳なんて格好悪くて絶対にしたくなかったから、私はなんとか自分のプライドを保つことができた。



 0308  君の声が聞きたい

 君のことを考えたら胸がきゅっとなったので、もしかしたら君は私の中で友達以上の存在になっているのかもしれないと思った。とはいえ、好きという感覚とはまた違うみたい。曖昧な感情。
 あまり考えると頭が痛くなりそうだったので、この感情はひとまず横に置いておいて、とりあえず今夜、君に電話してみることにする。



 0309  一人の長い夜

 灰皿に置きっ放しの煙草の先端は長い灰になっていて、私が瞬きをした次の瞬間、灰は落ちフィルターだけになった煙草が残った。
 明日がなかなか来なくて、私は時間の流れに乗れないままこうやって取り残されていく。



 0310  参考にならない小説の書き方

 私の小説の書き方は変わっているかもしれない。きっと綿密にプロットを組み立てて、作っては壊して少しずつ仕上げていくライターにとって、私のインスピレーションと勢いだけの小説はまるでママゴトのようなものなのだろう。
 私は、ふと思いついた一行の言葉をどうしても物語の中で使いたくて、作品を一本書いたりすることもある。誤変換がインスピレーションになって書いてしまう作品だってある。ストーリーを考えるのは後で、思いつくままに書き進めながらプロットができていく、そういうことがよくある。
 どんな書き方であれ、一つの物語を構築していくのには変わりないんだから、こんな書き方があってもいいんじゃないかと開き直っている。



 0311  ミルク、ひとしずく。

 仕事中に飲むコーヒーには砂糖もミルクも入れなかったんだけど、やっぱりブラックコーヒーがあまり好きではない私は、最近3時のティータイムだけお湯の半分を牛乳に変えてカフェオレにしている。シャキっとしたいから、業務中はブラックコーヒーだけ。でも休憩中くらいは好きな飲み物を飲みたい。
 牛乳をコーヒーの中に注ぐと、最後の一滴がカフェオレの表面でミルククラウンを作った。



 0312  自分の感情に素直になればいいじゃない

 彼女は泣いている。頬は乾いているけれど、きっと彼女は瞳の内側の、頬の皮膚の裏側で涙を流している。彼女は悲しみを他の誰にも気付かれないように、自分の中で処理することができるのだと思う。私はとてもじゃないがそんなことは真似できない。瞳の表面に溜まった涙は瞬きと同時にこぼれ落ち、頬の皮膚の表面を濡らす。
 そうは言っても私は彼女のようになりたいとは思わない。空気にさらされた涙は蒸発して、しばらくすれば頬も乾く。けれど裏側に隠していたのでは、涙は一体どこに向かって流れていけばいいのか。蒸発できなかった涙でそのうち心が湿気てしまわないんだろうか。
「たまにはさ、我慢しないで泣いた方がいいよ」
 私がそう言うと、彼女は今にも泣き出しそうな笑顔で私を見た。ああ、そうか。きっともう少しなんだね。



 0313  女心の解からない男

 隠し事はしないでと言ったのは確かに私。けれど正直な、或いは単なる馬鹿だったあなたは、わざわざ言わなくてもいいことまでご丁寧に言ってくれた。言ったあなたと言われた私。言いたくても言えなかった言葉をようやく言えてあなたは満足し、悩みは私にバトンタッチ。言われた私がその事実に苦しむ姿を見て、あなたはすっきりした顔で笑っていた。
 浮気を告白することが優しさだと思うあなたは、とっても残酷な人でした。



 0314  今、こんなに側にいるのに。

 ありがとう。
 君にとって私がまだ「女の子」であると言うのなら、私は嬉しくて君の元に駆け寄り頬にキスしてしまうくらい喜んでしまう。けれど、この「ありがとう」という言葉は、君を悲しませる「ごめんね」という言葉を打ち消すほどの力はない。
「村上春樹と言えば何よりもまず君を思い出す私は、今、通勤電車で村上春樹の小説を読んでいる。だから、私はここ最近、毎日君のことを考えてしまう」
 そんな本音を言ったところで、君の傷の痛みを緩和できるなんて思わないけれど。



 0315  幸福の素

 行きつけのレストラン。オーナーシェフと彼の妻が二人で店を切り盛りしている、小さいけれど暖かい店。
 彼らは常連客である私の嗜好をしっかりと把握してくれている。私がいちいち指定しなくても、サラダを頼めばちゃんとバジルのビネガードレッシングをかけてくれるし、ロイヤルミルクティーが好きなことを知っていつもフレッシュポーションを二つ付けてくれる。至れり尽くせりのもてなしに、私は自分がお姫様にでもなったように錯覚する。
 きっと今夜も、闇の中で煌々と光を放つ店の入口のアンティークランタンが、お腹を空かせた帰宅途中の私を誘うんだろう。



 0316  腕を回して、抱き寄せて。

 ページをめくると若い男女が抱き合っているシーンだった。規則正しく並んでいる活字。けれどまるで文章とは思えないほど、彼らの様子が鮮明に伝わってきた。衣擦れの音と微かな呼吸、彼女の寝顔や彼の体の反応の様子。それらは私の脳内で映像化され、本の向こう側の世界をこちら側にいる私にリアルに伝える。
 セックスをしているわけではない。ただ男女が抱き合っているだけなのに、こんなに官能的な文章を私は初めて読んだ。私は、今までどちらかと言えば苦手だったその作家のファンになりつつあるのを感じた。



 0317  エターナルブルー

 空を飛ぶ鳥のように、或いは海で漂う海月のように、何にも束縛させることのない自由な世界があったなら、日々の慌しさや世間の風当たりなど何もかも忘れて、ゆっくりと流れる時間に身を委ねることができるのに。
 私が焦がれる青い世界。それは私のいる場所からは遥か遠くに存在する。もしもそこに行けたなら、私は全てから解放されるのに。



 0318  追いかけてくる影

 あなたは私を買いかぶりすぎています。私はあなたが思っているほどデキた人間じゃありません。臆病ですぐに現実逃避する、ただの弱い人間です。
「どうしてこんなこともできないの。あなたがその気になれば簡単なことでしょう。手を抜いてるんじゃないの?」
 ちっとも簡単じゃない。手を抜いてるつもりもない。期待外れかもしれないけれど、その過大評価が私には重いのです。



 0319  ブリキになれない女

 私のこの体がブリキで造られていたらどんなに簡単だっただろう。
 この刺すような胸の痛みの正体を知るためには、胸部のネジを外して開いてみればいい。そして中に詰まっているものをハンマーで軽く叩いて、鳴り方の違いで弱っている部分を探し当て、修理してしまえばいい。
 私をメンテナンスしてくれる専属の修理士がいたらどんなに楽だっただろう。毎晩私の体に油を差して、私を生かし続けてくれる人がいたら、どれだけ心強かっただろう。

 人差し指で乳房を押すと、指は弾力によって押し戻された。やはりメンテナンスは自分でするしかないようだ。



 0320  思い出は美化され、収納されている。

 初めて付き合った男からもらった財布は別れた時に処分したし、高校の卒業祝いにもらった花は枯れた。成人のお祝いにもらったシルバーリングは返したし、結婚の約束をしていた男にもらった時計は動かなくなった。
 けれど、品物はもう手元になくても、彼らのことは思い出の中にきちんと存在していて、胸の中に整理され納められている。どんなに酷い別れ方をしても、男の醜い部分は不思議なほど忘れていて、きれいな記憶だけが残されている。



 0321  運命に涙を落として

 彼女の震える指先が彼の頬に触れることは許されないし、彼が彼女の元に戻って来ることも認められない。本人同士の気持ちは二の次で、全ては彼等を取り囲む悪魔達が判決を下す。
 お互いを求め合う強い意志とそれ以上の深い溝が一緒になって、複雑に絡み合う運命を嘆いている。



 0322  合流地点

 どうして人生って思うように行かないんだろうと私が呟くと、思うように行かないから僕等は出会えたんだよと言って彼は笑った。
 次の分岐点までは一緒に歩けそうだから、私は彼と別の道を選ぶその時までは、彼の笑顔を見ていようと思った。



 0323  これからもそうやって生きていくんだろう

 出る杭は打たれるっていうから、いつも他の杭よりは引っ込んで、今だという時だけ思いっきり飛び出した。そして打たれる前に引っ込み、再び飛び出す機会を窺ってきた。そんな、ちょっとだけ目立とう精神で生きてきた。



 0324  性欲を失くさないようにしないと

 小説を書く時、自分に性欲がないと性描写が上手く書けないから困る。悶々としている時は面白いほど書けるのに、そうでない時はちっとも進まなくて困る。執筆を進めるために、頑張って性欲を起こそうとしている自分に困る。そうでもしないと全く書けない自分に、今とても困っている。



 0325  形のない夢のかけら

 両手を広げて受け止めようと思っても、それは手の平に触れた瞬間、まるで砂のように指の隙間からぽろぽろとこぼれて、結果的には何一つとして残らない。本当に手に入れたいものを、私はいつもそうやって逃してきた。



 0326  嘘つきと言われないために

 私が発した言葉が自分自身の首を絞める。苦しくて息ができなくなる。
 勢いで宣言してしまった言葉を飲み込むことは、もう不可能。言ってしまった以上、私はそれを実現しなければならない。ハッタリを実現させることで、私の可能性はまだまだ広がると信じて、今はとにかく有言実行に向けて努力するしかない。



 0329  苦い水を飲むことになっても

 長いものに巻かれがちな私だから、こうなったらいっそのこと最後まで巻き取られてしまおうと思う。そうやって生きている方が楽なんだもの。
 後々、しわ寄せが来るだろうことを知りながら、それでも私は出来るだけ楽な方に楽な方に、生きて行きたいんだと思う。



 0330  Eat Me!!

 甘くてとろりとしたチョコレートシロップを垂らしてもいいし、ふわふわの生クリームでデコレーションしてもいい。私は甘いものが大好きな君のデザートになりたい。



 0331  キミがいた証拠を私の体に残して

 キミに噛み付かれて、血が滲んでも、今の私はそれを喜びに感じられる。時間の流れは早すぎて、キミのことを忘れそうになってしまう自分が怖いから、心の中でいつもキミに話しかけるのを私はやめないでいる。