0202 開放厳禁

 心の中の一番奥にある扉。かけられた鍵はすっかり錆付いてしまって、もう二度と開くことは無いと思っていたのだけれど。
 ふとしたキッカケで鍵は外され、扉は開け放たれました。中からは、今まで溜まりに溜まったものが、物凄い勢いで飛び出してきて、私にも止められません。表に出したくなかったものまで飛び出てしまって、もう私には手が付けられません。
 この扉を再び閉めたいけれど、手元にあるのは錆付いた鍵で、これを使うとまた開かなくなるのが怖いから、私はまだ扉を閉められないでいるのです。



 0203 正しい街

 故郷が同じ私達は、いつもお互いの傷を舐め合っていた。

 私もアイツも本当はもっと夢や希望に溢れこの土地に足を踏み入れたくせに、現実は日々の生活が精一杯で、やりたかったことを未だやれずにくすぶっている。お互いに、大それたと言えるほどの夢ではなかったけれど、それなりの夢は持ってた。広島には、私達が毎日見ていた日本海はないけれど、私もアイツも昔のことを思い出して「たまにはみんなと集まりたいなあ」とか言いながら、それでも我慢して随分と頑張ってきた。けれど、今となってはこの有様。

 「アンタはどう思うの?あの街を出たことに後悔はしていない?」
 「さあ、どうだろうな」
 「だってアンタ、出る時に彼女いたじゃん」
 「お前も人のこと言えないだろ」
 アイツにそう言われ、故郷を飛び出す時に恋人に言われた言葉を思い出した。確かにそうかも。その時恋人がしてくれた忠告は全て今、罰として現実になっている。
 「俺もだよ。お前のこと言えないよ。お互い様だ」

 私達は、その街を出るまではお互いに恋人がいたけど、この街に来るために置いていった。最初のうちは遠距離恋愛だったけど、最後の方はそれももう限界で。あれからいくつもの季節が流れてしまい、結局今はお互いに独りぼっち。

 私達はいつからこうなってしまったんだろうね、と言いながら、やっぱり今日も傷を舐め合う。



 0204 手探りでもいいから、少しでも進もう。

 すごくイライラしてたんです。何が原因だったのかも思い出せないくらい、とにかくイライラしていたのです。増えていく煙草。積もっていく灰皿。煙で充満した部屋。とにかく気持ちを切り替えたくて、でもどうしたらいいのか解からなくて、暗中模索。その時の私は、何も見えない白い世界の中で、ただひたすら手探りで出口を探す迷子の子供のようでした。
 気持ちも落ち着いてきた頃、気付いたら少しだけ前進していた私がいました。ほんの少しだけだけど、まずは一歩から。



 0205 自分の本音からは逃げられないのに

 「ねえ、随分と長いこと彼氏いないみたいだけど」
 「うん、彼氏とかそういうの、今は面倒くさいんだよね」
 「時々寂しくなったりしない? 私だったら寂しくて我慢できないなあ」
 「一緒になりたいと思うくらいの人ならともかく、無駄に恋愛してパワー使いたくないのよ」

 嘘。そんなの嘘です。本当はまだ怖いだけ。どうせいつか別れるんだから、だったら最初から付き合わなければ良い。そんな悲しい感情が、未だ私の中から消えません。



 0206 トキノナガレ

 耳にくすぐったいくらいに響く彼の低い声は、思い出せないほど遠い記憶を引っ張り出してきて、次々と私の前に並べました。数え切れないくらいいろんなことがあって、結局私達は別れてしまったけれど、久しぶりに聞いた受話器越しの彼の声は穏やかで、素直に懐かしいと感じることが出来ました。

 けれど、彼の声を聞いただけでドキドキしていた私はもういませんでした。時はそれだけ流れてしまったのです。



 0207 待ってるだけの私

 自分の意志で恋が出来ない。
 誰かが私を本気で愛してくれたら、私は誰かを愛することを思い出すのかもしれないけれど、でも私が人を愛することが出来ない以上、誰も私のことを愛してくれない訳で。
 恋をすることさえ他力本願で、そんな自分が本当に嫌なんだけど、それでも私は自分の意志で恋が出来ないのです。



 0208 そんなに私を追いつめないでください。

 成功者とか、大富豪とか、そんな人になりたい訳じゃないんです。

 もっと頑張れば成功できるとか、努力すればお金が手に入るとか、そんなことを私に言わないで。ハングリー精神はとっくに消え去っているのだから、そういう言葉で火を点けようと思っているのかもしれないけれど、実はそれは効果ナシなのです。

 ただ可もなく不可もなく生きていきたい。ある程度幸福である程度不幸な、そういう人生で私は充分なのです。



 0211 理想と現実の違いの大きさ

 好きなことだけして生きていけたらと毎日毎日思うけど、そんなに世の中甘くないワケで。

 本当なら今日みたいな休日は、昼前くらいにごそごそと起きて、朝食を兼ねた早い昼食を摂って、熱いホットミルクを飲みながら小説を書いて、途中で気分転換にレンタルしておいたビデオでも見て、一人の世界に飽きたら誰かに電話して楽しくおしゃべりして、そろそろまた小説書こうかなと思いながらPCに向かって。

 でもそんなことは想像の中だけで、現実は、今日は休日出勤で。でも、もちろん休日出勤手当てなんかは付かないワケで。

 ああ、もう少し、もう少しだけ自由な時間が欲しいなあ。



 0212 OLだって戦ってるんだ

 やることやってたら何も言わないっていうんなら、やってやろうじゃないの。
 そう思ったら、仕事でなかなか上手くいかなくても、私にはメソメソする暇なんてないってことに気が付きました。
 もう誰にも、一言の文句も言わせない。



 0213 恋の香りのフレグランス

 私が恋に夢中になってた頃に好んでよくつけていたティファニーの香水を、今日久しぶりにつけてみた。

 あの時あなたは私に抱きつくなり、お前の匂いがするーと言って私の髪に顔をうずめてきた。お風呂上りで乾かしたばかりのほかほかした髪に、シャンプー以外のどんな匂いが私から発せられているのか気になって聞いてみると、それは私が愛用していた香水の匂いだった。香水は泡と一緒にシャワーで落とし切ったはずなのに、どうして私からまだその香りがするのかが、その時の私には解からなかった。

 今思うとさ、それは私があなたに恋をしていたからだと思うんだ。あなたのことが大好きだった私のこの体が、あなたが好きだと言ってくれたその香りを、あなたに届けるために勝手に発したんだよ。

 でも、そんなことは随分と昔の話で、今私を包んでいる香水の香りはティファニーじゃない。あなたとさよならをして以来ティファニーの香水を付けなくなってしまった私は、あれから何百回もシャワーを浴びて、あなたへの恋心も、体内に染み込んでいたあなた好みの香りも、全て流し去ってしまったんです。



 0214 なんだか私、一人で勝手に傷ついてバカみたい。

 正直言って、その知らせは私にとって衝撃的過ぎて、一瞬何が何だか解からなくなりました。私がこんな気持ちになるのも筋違いな話かもしれないけど、あなたがすごく遠くに行ってしまったような気がして、とにかくショックだった。

 だってそんなに離れてしまったら、私とあなたを繋ぐものはもう何もないのです。蜘蛛の糸よりも細くったって構わない。何とかして繋がっていたかったけれど、その細すぎる糸は脆く、そして最後の最後であなたの方からハサミでぷっつりと切られてしまいました。



 0215 私がいなくても地球は回るけれど

 まるでコーンポタージュスープの上に申し訳程度に散らせてあるパセリの葉の一枚のような。
 まるで大きなプレートに乗ったステーキの端に添えてあるベビーキャロットの繊維の一本のような。

 それらは、この世界に居ても居なくても大して変わらない今の私みたいに、有っても無くてもメインに何の影響ももたらさない。何だか妙な連帯感。しかもものすごく一方的な。それでも私は、こんなにちっぽけな存在でも世界中のほんの何人かくらいは必要としてくれる人がいるんじゃないかと願いながら、唇の端に付いたコーンポタージュスープを舐めて、ベビーキャロットにフォークを刺した。

 君達、なかなかイケてるじゃない。



 0217 もう戻らない日々

 今日みたいに、気を抜くと泣いてしまいそうになるくらい涙腺の緩い日は、いつもより濃い目にアイラインを入れる。目尻がキッと上がって気合いが入る。マスカラは付けない。もし涙が出てきてしまったら、メイクが崩れてしまうから。
 今頃気付いても遅いんだよ。失くしたものの大きさは、失って初めて気付くんだから。
 鏡を見ながら、心の中でただひたすら呪文のように繰り返す。



 0218 性欲極限

 あまりにお腹が空き過ぎると逆に何も食べたくないように、あれだけセックスをしたかった私は今、もうセックスなんてどうでもいいやと思ってしまっています。
 でも、すごくお腹が空いてる時に一口だけかじったパンが食欲に火を点けるように、今誰かに触れられたら、もうそれだけで欲求不満になるんじゃないかと思います。



 0220 One more time, One more chance.

 新聞の片隅や、映画のエンドロール、街の看板。
 毎日どこかで見かける、君と同じ苗字。そのたび胸はきゅうっと締め付けられて、あの頃の記憶は私をあの日に帰すのです。そして毎回毎回、私は自分の莫迦さ加減に泣きそうになりながら、何処かから君がひょこっと現れるんじゃないかと期待して、辺りを見回してしまうのです。

 夕暮れの帰り道、草むらの陰、シングルベッドの中。
 こんな所にいるはずはないのにね。



 0221 空に消えゆく宝物

 欲しいものはいつも手からすり抜けていく、なんて言う人がたくさんいる。それはそれでとても不幸なことかもしれないけれど。
 私の場合、余程大それたものでない限り、欲しかったものは大抵手に入れてきた。でも、最初のうちは大切にしているのだけど、少しずつ、少しずつ飽きてきて、そのうち自ら手を放してしまう。手放して少し経ってから、それが本当に大切だったのだと気付く。取り返したいと思って手を伸ばしても、それはまるで空に昇っていく風船のように、どんどん、どんどん離れていって、もう二度と私の元には帰ってこない。
 雲を越えて、空の向こうまで行ってしまったあなたに、もう手は届かない。



 0222 私は変温動物

 そんなに顔を近づけないでください。そして、そんなに真剣な目で私を見ないでください。私の肩に手を回さないでください。こんな私に、君のために歌うよ、とか言わないでください。帰る間際に、俺のこと好きになってみる?なんて聞かないでください。
 酒と唄に浸かった週末の深夜。酔ってる時にそんなこと言われても信憑性ゼロだからね!と笑っていながらも、実はドキドキしてしまってる私が此処にいるのですから。
 恋をしている時には平熱が上がるという私の妙な体質。昨日の一夜限定で発熱していた私。



 0223 Y氏の隣人

 カーテンの隙間から暖かな日差しが射しこんできて、部屋を明るくしてくれる。
 PCに向かって言葉に埋もれる私。メイクもしないで、服も着替えないで、寝起きのままの状態で何時間も窓際にこうしている。スピーカーから流れるメロディー。冷めたミルクティー。鳴らない電話。いつもの日曜日。
 隣の部屋から聞こえてくる、二人の声、摩擦音、甘い息遣い。ほんの何メートル向こうには、この部屋とは180度違う世界が広がっているのだろう。私は顔をしかめながら、ステレオのヴォリュームを上げた。



 0224 ただ、埋もれていたいのに。

 お酒が足りないのかもしれない。煙草も足りないのかもしれない。
 ただ言葉に埋もれるだけでは物足りないと思っているのは、私のバイオリズムが乱れている時。
 だからといって、お酒を飲んでも煙草を吸っても、ちっとも満たされない。
 何かが、狂ってる。



 0225 母であり、妻であり、恋する乙女でもある。

 私の妹の旦那は私のことをユカちゃんと呼ぶ。私は妹の旦那のことをトシくんと呼ぶ。
 私とトシくんは同い年で、よく二人でいろんな話をして盛り上がっているから、妹はたまに話に入れなくて拗ねる。そうするとトシくんは、部屋の隅っこの方でふてくされている妹に近づいて、お前はまだまだガキだなあ、と言う。
 そんな、まだまだガキの妹でも、もう母親なのだとの思う瞬間は、やっぱり赤ちゃんにおっぱいをあげている時かなあ、と私は考える。でも、泣いた赤ちゃんをあやすのも、お風呂に入れるのも、妹より断然トシくんの方が上手。私が、結婚するならトシくんみたいな面倒見のいい人がいいなあと呟くと、お姉ちゃん、トシくんのこと好きにならないでね、と心配そうな表情で私に言うから、私は妹にバーカと言って笑った。



 0226 二つの恋のカタチ

 今まで、波乱万丈の恋をしてきた妹と、順風満帆の恋をしてきた私。

 妹の場合はいつも、付き合う人付き合う人みんな彼女持ちか既婚者で、結局最後は、男が元の鞘に戻って妹は泣く羽目に。ちょくちょく私は呼び出され、愚痴を聞かされた。それがドキドキ型恋愛が好みの妹の傾向。
 私の場合はいつも、付き合う人付き合う人みんな私のことを好きでいてくれて、特に大きなケンカをしたこともなく、熟年夫婦のような安定さ。ちょくちょく妹を呼び出して、惚気話を聞かせた。それがホノボノ型恋愛が好みの私の傾向。

 だったのに。

 たった一人の「安らげる人」に巡りあってアッサリと結婚し、今では幸せな家庭を手に入れた妹と、たった一人の「多情な人」に巡りあったがためにボロボロになり、今では恋をすることに対して臆病になってしまった私。

 今日も妹は私に惚気話をし、私は妹に愚痴を言う。