0802 憧れと嫉妬と

 彼が歌ったバラードは、盛り上がっていた室内に一瞬で静寂を呼びました。誰もが曲を選ぶのも忘れて彼の歌に浸っていました。ビブラートが私の胸にじんわりと染み込んでいって、私もこんな風に歌えたらいいのになあと思いました。曲が終わって手元を見ると、灰が長く残っている煙草の吸殻が7本。みんなの手を止めるほど聞き入ってしまう彼の歌に、軽い嫉妬を覚えました。
 ああ、君がもしあの時デビューしていたら、私は必ず君のCDを買ったのに。



 0806 No Reason

「どうして」と聞かれても、私は「どうしても」としか答えることが出来ません。
 愛しくも狂おしいその存在にもし理由付けをしてしまったら、きっとそれはただの恋に成り下がってしまうでしょう。それはもっと卑猥で、それでいて最も神聖なもの。だから私は認めない。



0808 褒められて伸びるタイプ

 一生懸命やってても、結果が全然ついてこないんです。だから誰も評価してくれないんです。でも結果が出ていないことを責められるのは仕方が無いことだけど、だからと言って一生懸命頑張っていることを自体を否定される筋合いは全く無いんです。誰にも何も言われたくないから、私は結果を残すため努力するんです。それでも結果が出なくて誰も私の努力を認めてくれないので、自分で自分を褒めてあげるんです。
「あんたはよく頑張ってるよ。結果はきっともうすぐ出るよ」
 誰にも褒めてもらえないと、私は頑張れないんです。



 0810 浮気の証拠

 明らかに私以外の女が置いていったものを、男には言わずにさり気なく捨ててあげたあの日の私は、今の私から見て、間違いなく大人のイイオンナ。



 0816 肌年齢

 昨日シャワーを浴びている時、腕がにかかるお湯が弾けてぽろぽろと流れ落ちるのを見て、私はまだまだイケルと思いました。そんな連休最後の夜。



 0819 足に刻まれた爪痕

 私の右腿にある古い傷跡はキミが2年ほど前に付けたもので、今でも消えることなくそこに残っています。今更痛み出すことなんてある訳が無いと思っていたその傷は、昨日の夜に突然熱を持ち始め、私の神経をその部分に集中させるのです。チクチクと響いてくるその痛みは、あの日キミが私に爪を立てた時の自己主張の強い瞳を思い出させます。

 もしこれが、キミからの『ボクのことをずっと忘れないで』という合図なのであれば、私はこの傷が一生熱を持ち続けたっていい。そんな痛みが無くたって、キミのことを忘れることなんて出来ないけれど、それならキミも寂しくないでしょ?



 0820 結果が全て

『最近頑張ってるね』
 そう言われてハッとしました。努力がやっと報われ始め、ようやく周りも認めてくれたのは良いのですが。
 『始めからそうやって頑張ればいいのに』
 心外です。手を抜いていたつもりはなかったので、私がちっとも頑張っていないようなその言葉に、大きな衝撃を受けました。悔しくて、見返したくて。でもそれを実現させるには、結果を残さないといけない訳で。
 二度とそんなことを言われたくないので、結果を出し続けてやろうと思います。見てろよ。



 0822 彼の好みは羞恥プレイ

 私の会社に以前勤めていたMくんは、実は割とお気に入りだったんです。

 彼は自分はマゾなんですと公表していて、仕事でミスをした彼に注意すると、落ち込んでしゅんとする反面、何故だか恍惚の笑みを浮かべていました。真面目に仕事しろ。私がSだということを知ると、「じゃあユカリさん、今度是非!」って。是非って何を?でも、彼はいつも元気いっぱいで、一緒に焼肉を食べに行った時も私のためにせっせと肉を焼いてくれて、「ほらユカリさん、焼けてますよ」と見事な鍋奉行ならぬ焼肉奉行っぷりを発揮していました。そういう一生懸命さに、彼のことをちょっと見直してみたり。

 彼が私を慕っていると社内では専らの噂でしたが、それは私がSで、彼がMだったから生まれた噂に過ぎません。でも、それでもユカリさんユカリさんと話しかけてくれる彼がかわいく思えました。

 彼が会社を辞める時、愛用のライターを残して去っていきました。私がそのライターを貰い、今でも使っているのですが、タバコを吸うたびに彼のことを思い出しては、確かに一回くらい苛めてあげても良かったかなあ、などと思うのです。



 0823 グロス&マット

 自分の夢を追い続けて遂にそれを実現した彼女と、夢を追うことを諦めて夢を夢で終わらせてしまっている私。スタート地点では同じ夢を持っていたのに、今となってはこの差。悔しくて、負けたくないんだけど、でも、それでも再びその夢に向かって行こうとはなかなか思わない自分がいます。こんな私じゃあ、負けて当たり前なんだけど。



 0824 かくれんぼ

 もう会うこともないだろうと思っていました。だからとても驚きました。街で偶然見かけたあの人の姿。耳に掛けていた髪を慌てて下ろしました。下を向き、小走りになりながら、急いで人混みの中に隠れました。見つからずにすんだかな。

 私は、あなたには会いたくなかったんです。



 0825 本当に大切なもの

 それはとても近くにあって、近すぎるから解りにくいんです。それが大切だったんだと気付くのはいつも失くしてからで、もっと大切にしておけば良かったと後で後悔するんです。

 大切なものを失い続けて25年。私はこれ以上大切なものを失くしたくないからこそ、今、自分にとって何が大切なのかを見極めて、それが手からすり抜けないようにしっかりと両手で包み込んで、失くさないように、壊さないように、守っていきたいと思います。



 0826 終わりゆく夏

 涼しくなってきたとはいえまだ8月。秋はもうすぐなんて言っても、日中の太陽は夏の日差しの強さと変わらず、空の上から私を見下ろしています。でも秋の気配は気付かない間にすぐそこまで来ていたことを、昨日実感しました。

 私がいつも通る道。春は桃色の絨毯が敷き詰められ、夏は緑の葉が生い茂り、秋は葉を赤く染め、冬は木々の間を雪で隠す。そんな、私を飽きさせない通勤途中の道。昨日その道を通ると、既に青々と茂った葉の中に、黄色く変色している葉が幾つかありました。この葉が赤く変わるのはもうすぐだろうと思います。